本記事は、
■ブレイキン(通称:ブレイクダンス)の歴史、誕生の経緯、発案者
■ブレイキンの基本動作や戦い方
■ブレイキンの世界最高峰の『レッドブル BC One:「Red Bull BC One」(Red Bull Breakdance Championship One)』日本大会や世界大会の日程
■ブレイキンのパリ五輪2024(7月26日(金)から8月11日(日))での初採用を日本の聖地「川崎」から発表
について知りたい方に向けて書かれた記事です。興味のある方は読み進めて頂けますと幸いです。
ブレイキンとは?ダンススタイルの歴史と基本動作について
ブレイキン(通称:ブレイクダンス)とは、ダイナミックで、その特徴は音楽に乗せて、回ったり、跳ねたり、とにかくアクロバティックなストリート発祥のダンスで、B-BoyまたはB-Girlと呼ばれるブレイカーたちによってパフォーマンスされます。
ブレイキンはヒップホップカルチャーを構成する4要素の1つとなっています(その他3つはDJ、ラップ/MC、グラフィティ)。
ブレイキンの誕生の経緯と発案者
ブレイキンとは、「ブレイクに合わせて踊ること」です。
また、ブレイクとは、ヴォーカルを含むメロディパートが抜けてリズムパートだけになる間奏部分を指す音楽用語です。
ブレイキンは、1970年代のヒップホップカルチャー黎明期にニューヨーク・ブロンクス地区に住んでいたアフリカ系およびラテン系米国人によって生み出されました。
この地区を中心にパーティを開催していたDJ Kool Herc(DJ クール・ハーク)は、自分がプレイしている楽曲がブレイクに差し掛かるとダンスフロアの一部の若者たちがいつもよりもダイナミックなダンスを踊ることに気が付きました。
彼らのダンスを見たDJ Kool Hercは、“メリーゴーランド” と呼ばれるテクニックで同じレコード2枚を同時にプレイするようになりました。
同じレコード2枚をミックスすればブレイクを延ばして、ダンサーたちが踊れる時間を長くできたのでした。
このDJとフロアの連動によって “ブレイキン” が誕生しました。
ブレイキンとは “Breaking”、つまり、“ブレイクに合わせて踊ること” を指します。
ブレイキンの歴史:世界的人気を獲得するまでの経緯
ブレイキンの歴史としては、1970年代に米ニューヨークの地区で、場所取り合いをしていたグループが、ケンカではなく音楽と踊りで対決したのが始まりとされます。
日本には80年代初めに伝わったとされます。
床に手をついて踊るなど、体のいたるところを使って回ったり、跳ねたりするのが特徴です。
1970年代を通じて、ブレイキンはニューヨーク全体へ広がっていきました。
そして、プロモーターやメディアがパーティや公園、クラブで踊っているB-BoyとB-Girlに気付くと、今度は様々なメディアやイベントなどを経由して世界へと広まっていきました。
1982年、ブレイキンのクルーRock Steadyが【Roxxy European Hip Hop】ツアーを敢行し、ロンドンとパリでパフォーマンスを披露しました。
また、ブレイキンのクルーRock Steady は、1983年には米国の人気トークショー『レイト・ナイト・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』にも出演しました。
同じように、New York City Breakerも1984年にテレビ番組『Graffiti Rock』へ出演した他、ワシントンD.C.で開催されたケネディ・センター名誉賞でロナルド・レーガン大統領の前でパフォーマンスを披露しました。このパフォーマンスは全米に放映されました。
特に、B-BoyとB-Girlたちはミュージックビデオやハリウッド映画にも出演するようになり、これもブレイキンの世界への露出を高める助けになりました。
ブレイキンが初めてフィーチャーされた映画の例としては、『フラッシュダンス』(1983年)や『ブレイクダンス』(1984年)、そしてオープニングのクルーバトルが有名な『ビート・ストリート』(1984年)などが挙げられます。
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ブレイキンの7つの基本動作
詳細には、ブレイカーたちがパフォーマンスに組み込んでいるブレイキンの基本動作は次の7通りです。
1 | トップロック:ブレイカーたちが立った状態で踊るダンスで、フロアへの導入になります。基本的なトップロックとしては、インディアンステップやクロスステップが挙げられます。 |
2 | ゴーダウン:ブレイカーたちがトップロックからフロアへ “落ちる” ムーブを指します。基本的なゴーダウンとしては、ニードロップやスピンダウンが挙げられます。 |
3 | フットワーク:フロアで踊るブレイカーが手で支えながらメイクする多様な足さばきを意味します。基本的なフットワークとしては、シックスステップやスリーステップ、CCが挙げられます。 |
4 | フリーズ:ブレイカーが身体を数秒間停止させるムーブを意味します。基本的なフリーズとしては、ベイビーフリーズやチェアフリーズ、エルボーフリーズが挙げられます。 |
5 | パワームーブ:ブレイカーがダイナミックに全身を連続回転させるムーブを意味します。パワームーブの例としては、ヘッドスピン、エアフレア、ウインドミルが挙げられます。 |
6 | トリック:通常のステップ、フリーズ、パワームーブに特殊なアレンジを加えたムーブを意味します。トリックの例としては、エアチェアでのホッピング、ハンドホップとスレッドのコンビネーションムーブが挙げられます。 |
7 | トランジション:トランジションとはブレイカーがフットワーク、フリーズ、トリック、パワームーブへ移行するときの “繋ぎ” を意味します。基本的なトランジションとしては、スウィープ、プレッツェル、スピンが挙げられます。 |
ブレイキンの戦い方
現在、ブレイキンは、パーティダンスから競技性を備えたワールドワイドなアートフォームまで成長しており、現在は世界中で様々なイベントが開催されています。
これらのイベントにはフォーマットの違いが確認できるが、多くが採用しているフォーマットのひとつが、ソロバトル(1v1)とクルーバトル(1クルーあたりのメンバー数は2v2から8v8まで様々)です。
バトルイベントではDJが音楽を担当し、司会進行役のホスト、そして各バトル終了後に勝者を決めるジャッジ(通常はトップブレイカーが務める)が3〜6人だけ選抜されます。
このように、ブレイキングでは、1対1の個人戦や複数人での対戦があるが、パリ五輪では1対1の個人戦で戦う形式になります。
技や表現などを採点して勝敗を決めます。
他方で、ブレイカーたちが作る “円”を意味する「サイファー:Cypher」でダンスを披露するスタイルもあります。
ひとりずつその円の中央に入ってダンスを披露します。
また、サイファーは場所を選ばないため、パーティやクラブ、屋外を問わず、どこでもできます。
また、サイファーのブレイカーたちはお互いをコールアウトしてバトルを挑むこともできます。
ただし、バトルと言っても、時間制限や勝敗のルールは特に決められておらず、それぞれのスキルを披露・確認し合う機会としての意味合いが強いです。
ブレイキン・トーナメント世界最高峰の1 on 1『Red Bull BC One Cypher Japan 2022』について
ブレイキンはパリ五輪2024の正式種目に採用されています。
このため、今後のさらなる成長と発展が約束されており、このパリ五輪2024と並行して、世界最高峰の1 on 1ブレイキン・ダンスバトル・トーナメント『Red Bull BC One』の日本大会が行われました。
参加ダンサーには全国5カ所で開催されるハイレベルな予選を勝ち抜き、決勝大会を目指してほしいです。
そしてブレイキン日本一の称号を獲得し、日本代表としてニューヨークで2022年11月12日(土)開催される『Red Bull BC One World Final』への切符を手にするのは一体誰になるでしょうか。
2022年日本大会は前回大会から規模を大幅に広げ、5大都市圏で予選を開催しています。
全国に名を轟かせるスーパーダンサーから、眠った才能を持つ無名のチャレンジャーまでが揃い、トップ・オブ・トップの戦いが繰り広げられること間違いなしです。
■福岡県:2022年8月6日(土)
■大阪府:2022年8月13日(土)
■愛知県:2022年8月14日(日)
■北海道:2022年8月21日(日)
■東京都:2022年8月27日(土)
自分のブレイキン動画をアップロードして、シーンを代表する人物たちがジャッジを務めるオンラインバトルに参加することもできる。
参加登録の手順
1)参加登録の手順について説明。
2)参加者用プロフィ−ル作成。
3)ブレイキン動画撮影。
4)動画をアップロードして登録を完了。
『Red Bull BC One』の日本大会に関する問い合わせはこちら
パリ五輪2024でブレイキン初採用:日本の聖地「川崎」で発表
2024年パリ五輪の追加競技として、ブレイキン(通称:ブレイクダンス)が初採用されました。
スポーツとしての認知度はまだまだだが、ヒップホップ文化、ストリートダンスの一つとして若者を中心に支持されてきた歴史があります。
今やその「聖地」とも呼ばれるのが神奈川県川崎市で、若者が集まり、世界で活躍するダンサーを輩出してきました。
地元関係者は聖地を中心に盛り上げて発展につなげようと、普及と環境作りに取り組んでいます。
軽快な音楽に合わせて跳びはね、背中や肩、頭を床につけて回転します。
片手で逆立ちして動きを止め、再び踊り出します。
ダイナミックな動きがブレイクダンスの魅力です。
このダンスは正式には「ブレイキン」と呼ばれ、踊りを披露し合う「バトル」で勝負をつけます。
「ブレイキンはスポーツとしてもできます。おもしろい挑戦だと思っています」。
競技の統括団体である日本ダンススポーツ連盟のブレイクダンス本部長を務める石川勝之さん(39)はそう話しました。
石川勝之さんは川崎市で育ち、「KATSU1(カツワン)」のダンサーネームで活躍していました。
現在も地元を中心に活動を続け、同連盟でこの競技を牽引(けんいん)する役目を担っています。
石川勝之さんは大学1年の時にブレイキンを本格的に始めました。
1年ほど東京都内のダンス教室で練習に励んだ後、JR武蔵溝ノ口駅前でストリートダンスをしているグループに声をかけて仲間に入り、ダンスをする日々を過ごしました。
大学卒業後もアルバイトをしながらダンスを続け、ブレイキンの世界大会で優勝するなど実績を積みました。
2013年には「このカルチャーを守り、大きくしたい」と、イベント企画やダンサーのマネジメント、スタジオ運営などを手がける会社を設立しました。
ストリートダンスの世界で名前が知れ渡るようになった石川勝之さんが、スポーツとしてのブレイキンに関わるようになったのは2017年です。
原則15~18歳対象の18年ユース五輪(ブエノスアイレス)での採用が決まると、世界ダンススポーツ連盟が日本側のまとめ役として、石川勝之さんに白羽の矢を立てました。
2017年に日本ダンススポーツ連盟の中にブレイクダンスの部署ができ、石川勝之さんは責任者に就任しました。
石川勝之さんは、ユース五輪2018の最終予選を兼ねた2018年世界ユース選手権を川崎市に招致しました。
監督を務めたユース五輪2018では、川崎市内の高校生だった女子の河合来夢(かわいらむ)選手が金メダルを、男子の半井重幸(なからいしげゆき)選手が銅メダルを獲得した。
石川勝之さんは「僕が始めた当時は『不良がやっているダンス』と言われた」と振り返ります。
2020年12月14日、パリ五輪での初採用が決まった瞬間は「本当になったと信じられない気持ちだった」といいました。以下、詳細です。
◆オリンピックの新競技種目としての発表は、約1週間前の2020年12月7日(ヨーロッパ中央時間)に実施された、国際オリンピック委員会(IOC)理事会において、ブレイキン種目の追加が正式に決定されました。
◆2020年12月14日の会見には、2020年11月に行われた 「第2回全日本ブレイキン選手権」 の各部門の優勝者や、JOCジュニアオリンピックのチャンピオンも参加し、パリ五輪2024に向けての意気込みや、ブレイキンの魅力についてコメントしました。
以下、選手コメントです。
◆半井重幸(なからい しげゆき)(愛称:SHIGEKIX)
「一番最初に思ったのは、自分がずっと好きでやっているブレイキンが、いろんな人に知って貰える機会が出来た、ということにとても嬉しく思います。
自分にとって、パリ五輪が大きな目標やモチベーションになることも間違いないので、もちろん一人のプレイヤーとしても楽しみです。」と抱負を語りました。
◆湯浅亜実(ゆあさ あみ)(愛称:AMI)
「私自身ブレイキンを通じて、たくさんの人に会い、たくさんの経験をして、とてもブレイキンに感謝しています。
なので、そのブレイキンがオリンピック競技になり、これから多くの人に知って貰えるきっかけが出来て嬉しいですし、楽しみです。
私もオリンピックを目指して練習していきたいと思います。」と抱負を語りました。
石川勝之さんは、「ブレイキンのいいところをスポーツの中で発揮できれば。スポーツとカルチャーの両方で広がっていけばいい」と語ります。
石川勝之さんが種をまいてきた川崎はダンサーを引きつける場所になりました。
聖地と言われるきっかけとなった武蔵溝ノ口駅を始め、JR川崎駅前の商業施設「川崎ルフロン」やJR武蔵中原駅、小田急新百合ケ丘駅前で盛んにブレイキンが行われているといいます。
ストリートダンスのイベントが開かれてきたライブホール「クラブチッタ」もブレイキンの発展に寄与してきました。
川崎市も動き出しています。
ブレイキンなどのストリート文化が盛んなことを受けて、2018年10月に「若者文化の発信によるまちづくりに向けた基本方針」を策定しました。
同年からその魅力を発信するイベントを共催で開いています。
臨海部の「ちどり公園」には、スケートボードなども含めたストリート文化を楽しめる施設を整備する方針です。
石川勝之さんは「ブレイキンを通して、若い人たちが集まる街にしたい」と話しています(上嶋紀雄氏によるインタビューによる)。
ブレイキンのこれからの発展性
考えてみれば、音楽さえあれば体一つで踊れるダンスはどんな環境にある人でも楽しめ、国境を越えて通じ合えるピースフルなスポーツだと思います。
抗争の代わりに発展したという文化的な背景も含めて、ブレイキンは、オリンピック精神にも合致しています。
競技スポーツとしても、これから、どう発展していくのかますます注目していきたいと思います。
最後までお読み頂きまして有難うございました。